8月5日午後18時、父である安一が84歳の生涯を終え永眠につきました。
父は何よりも家庭を思い、誠実で、真面目で、穏やかな人でした。
その為か危ないとされていたクライミングは余りにも日常の穏やかさを求める父には命のリスクがあると僕が登ることに大反対でした。しかし、フリークライミングのスタイルを時と共に知り、僕が真剣に取り組んでいる事でそれは徐々に変わっていきました。
そんな理解が深まるころ、半年のアメリカツアーから帰るとヨーロッパからスポーツクライミングの波が押し寄せ、日本でもヨーロッパのクライミングレベルに追いつこうとボルトを打つスポートのスタイルが求められるようになったのです。しかし、まだ高校生の自分は一枚、500〜600円するハンガーが高くて買えず、開拓を目指すクライマーも正直、手が届き辛かった時代だったのです。そこで僕は高校で教わった図面引きで図面を書き、それを父に見せ相談したら、快くハンガーを作ってくれました。
それが1枚目の写真、奥多摩や二子山でリボルトし30数年のお役目を終えた通称ヒラヤマハンガーです。
良質のステンレスハンガーでまだまだ現役でした。
そのヒラヤマハンガーのお陰で僕は18歳から20歳過ぎまで国内にかなりのルートを作りました。
さらに300円程でショップや直接クライマーに販売し、日本全国のクライマーがルート開拓を安価にできるようになったのでした。
ここ3〜4年、奥多摩や秩父方面でリボルト作業をしていますが、かなりの割合でこのヒラヤマハンガーが使われています。どれだけの数を販売したか今やはっきり分かりませんが数万枚がクライミング界に渡ったと推測します。
2枚目の写真、自由奔放な僕を心配し、山に行く計画を立てると、危ない、友達と行くならダメだ、俺が着いて行く、と言って父が一番楽しそうに登っていました。14歳のころ、谷川岳
そして、3枚目、
母校、葛飾の宝木塚小学校で2009年に講演した時の写真、誇らしげな父が僕は嬉しかったなーー
4枚目
そんな父も歳をとり、80歳になろうとした頃、平山プレスを閉めたのです。工場の最終日、高校生の息子と工場の片付けを手伝いに行った時の写真です。
仕事に対する真面目さも人一倍で家族を守るために一生懸命な人生だったと思います。
そんな父と明日8月9日、お別れとなります。僕の父でいてくれた事を誇りに思うと共に、日本のクライミング界の一時代を、ハンガーと言う形で一役かい、時代を後押しした一人であったと思います。
僕自身はこれからも迷いっぱなしですが、空から見守ってくれたら嬉しいですね。
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